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                              真冬

ゲルトルード 2


「ごきげんよう」
 全身黒という喪服姿の老女は、耳に残る凛とした声で挨拶すると軽く会釈をして見せた。
 猫を思わせる吊りあがった目と秀でた額、昔は美人だったという面影が残るしわだらけの顔。きつく後ろで結ばれた髪は、彼女の鋭利な刃物を思わせる雰囲気にさせ近寄り難くしている気がする。
 老女は部屋を見渡し、ハルトと目が合うと少しだけ目を見開いた。それからゆっくりとハルトへ歩み寄ってくる。
 不思議と、ハルトは彼女に恐怖を覚えなかった。初めて会う人なのに、どこか懐かしさを感じる。
「ゲールハルトとエドゥアルトだね?」
 二人の前へとやってきた老女はゆっくりと膝を付くとハルトの顔を覗きこんでくる。
 ふわりとハルトの鼻腔をくすぐったのは、嗅ぎなれたハーブの匂いだった。
(母さんと同じ匂いがする……)
 今まで緊張していた体が弛緩していくのが分かった。
 ふと、老女がじっと自分のことを見ている事に気づき、ハルトは慌てて口を開いた。
「あ、あの、僕はゲールハルトです。こっちは、弟のエド…エドゥアルトです」
「です!!」
 慌てて名乗ったハルトをまねて、エドが元気よく続いた。
 老女は目元を和ませると、エドの頭を撫でハルトの頭を撫でると頬まで手を滑らせる。
「私の名はゲルトルード。お前たちの母親、アマーリエの母…お前たちにとって祖母になるね………」
 母方に祖母がいるとは聞いていたが、初めて会った。
「赤子の時に忠告したのだけど……ハルト、アマーリエから匂い袋を貰っていないのかい?」
「あ、母さんのお墓に……」
 お守りだから、持っていなさいといわれた母さんと同じやさしい香りがする匂い袋は棺の中へと入れた。
 寂しくないように、父さん一緒にいられるように。そう、願いをこめて。
「そうか……なら、これをお持ち」
 そう言って祖母と名乗った女性はハルトの首に柔らかな布の紐をかけてくる。その先には小さな匂い袋がついていた。
 恐る恐る手にとって鼻先に近づけると、ふわりと優しく甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「今はこれしかない。後でちゃんとしたのをあげるよ」
 そう言って頭をなでると、ゲルトルードはゆっくりと立ち上がり言い争いをしていた隣の夫婦や父方の祖母たちを振り返る。
「この二人は、私が引き取ります」
「そ、そんないきなり現れて、何なんですか!?」
「今まで、遠縁になっていましたが。この子達のことに関してはもしもの場合は私に一任すると、弁護士に手紙を預けていたそうです。私の元にそれが届いたので、二人を引き取りにまいりました」
 鞄の中から取り出されたのは一枚の封筒、それを納得のいかない顔をしている三人に差し出す。
「この子たちは、私が育てます……それでは」
 ゲルトルードは二人を振りかえると、手を差し出した。
「さぁ、おばあちゃんの家に行きましょう。荷物は、また今度まとめに来ましょう」
 促されるまま、ハルトとエドはソファーから降り、差し出された手を取った。
 誰かが止める暇もなく、ゲルトルードは二人を連れて部屋を出た。
 振り返ると、父方の祖母も隣の家の夫婦もその瞳は正気に戻っていた。あの、不気味な怖さを感じなくなったことにハルトは首を傾げた。
(もしかして……この人が、来たから?)
部屋を出ると扉の前に男性がおり、ゲルトルードに軽く頭を下げると、入れ替わるように部屋の中へと入って行った。
 その男性の背中を見つめていると、頭上から声をかけられる。
「あの人が弁護士だよ。お前の父親の級友だと聞いている」
 そういえば、見たことがあるような気がする。
「早く、ここを出よう」
 どうしてこんなに早く歩いているのかわからなくて、ハルトは戸惑った。振り返ると、エドが頑張ってついてこようと走っている。
「あ、あの!」
 は、と立ち止まったゲルトルードは振り返ると申し訳なさそうに表情をゆがめた。
「すまない。早く歩きすぎたね。匂い袋を持っているとはいえ、お前にここは危険すぎる」
 そう言ってハルト頭をなでると、ゲルトルードは大きく息をついた。
「お、お祖母さん。これから、どこに行くんですか?」
「私の家は、《シュヴァルツヴァルト》の近くにある……あの森に入らなければ、お前は静かに暮らしていけるはずだよ」
「どうして、街が危険なんですか?」
 ハルトの問いにゲルトルードは目を細めた。
「街に暮らす人間は、危機感というものを無くしてしまっている。容易く狂わされ、自我を無くしてしまう。お前という存在は簡単に喰われてしまう。死にたくは、ないだろう?」
 その言葉に頷けば、ゲルトルードは鋭い表情を歪めた。
「お前の瞳は、美しい緑玉。なんと、哀れな運命だろうね……」
 道に膝を付いたゲルトルードはゆっくりとハルトの頬をなでると、やさしく抱きしめた。
「覚えておきなさい。お前の瞳は人も魔も惑わせる。お前は、他者と関わってはいけないんだ。お前という存在は、その場に居るだけで何もかも狂わせてしまう」
 その、緑玉の瞳がある限り。魔性の瞳がある限り、平穏な日々など過ごす事は出来ない。
 ゆっくりとハルトの髪をゲルトルードは撫でる。
「愛しい子。お前に、幸多からんことを…………」
 その額に口づけを受けながら、ハルトは思った。
 この人と入る限り大丈夫。この人の言うことを聞いていれば、自分は平穏な日々を送れる。
 そう、思った。

 ゲルトルードの家は、小さな村の奥。
 緑深き黒の森《シュヴァルツヴァルト》の傍にあった。

 このときから、ハルトの運命は大きく動き出していた。

ゲルトルード 1


シュヴァルツヴァルト番外編 ゲルトルード 1



 両親が死んだ。

 雨が降る中、街へと買い物に出て馬車に轢かれたのだ。
 弟と共に葬儀に出たことを、ハルトは薄ぼんやりと覚えていた。隣の家のおばさんに手を引かれ、きちんとお別れの挨拶もした。

 お別れ。
 両親は死んでしまったのだ。やっと学校に通い始めた弟と、自分を残して死んだのだ。
 あの日、すぐ帰ってくるね、と笑っていたのに………。

「ですから、ベンカーさんの家のお子さんはうちが引き取ります!!」

「まぁ、この子たちはうちの息子の子ですのよ?血縁者が引き取るのは当たり前でしょう?」

 顔を上げると、父の母だという初老の女性と隣の家の夫婦が言い争っていた。
 自分たちを誰が引き取るか話し合っている。

「にーさん」

 ハルトの腕にすがるように、弟のエドゥアルドが身を寄せてきた。
 話の内容はわからないのだろうが、ただならぬ雰囲気に怯えている。ハルトは大丈夫と言い聞かせるようにエドの手を握りしめた。

「二人ともこの街の学校に通っていますし、突然友だちと離されて誰も知らない土地に行くだなんて、可哀そうすぎます!!」

「この街にいる方が可哀そうでしょう!!」

 そう言って、初老の女性がソファーに腰かけているハルトとエドに近づいてくる。
 その顔を見てハルトは体中の毛が猫のように逆立った。

「おばあちゃんと一緒に暮さない?この街から少し遠いけれど、ここよりもとてもいい暮らしができるわよ?」

 笑っているのに、その笑みが怖い。
 まるで、何かに魅せられた様な恍惚とした顔でハルトを見てくる。

(怖い……)

「ね?おばあちゃんと一緒に行きましょう?」

 そう言って差しのべられた手に、ハルトは肩を大きく揺らし助けを求めるように上げた顔を再び凍りつかせた。
 隣の、いつも良くしてくれている夫婦までどこか虚ろな、けれど恍惚とした表情を浮かべている。

(怖い……誰か……)

「にーさん?」

 固まっているハルトを気遣うように、エドが顔を覗きこんでくる。
 大丈夫だなんて言葉、言えない。

(誰か………助けて……)

 ふと、部屋の扉が控えめにノックされる。誰かが声をかける前に、扉が開くと中へと入ってきたのは一人の老女だった。

ssはじめます

なんだか、油断していたらいつの間にか八月に入っていました。
宣言どおり、ssはじめたいと思います<(_ _)>

何だか、これで終わるのもなんなのでキャラの名前表記について説明を。
ゲールハルトですが、ローマ字表記というかドイツ語表記では3種類あって
「Gerhard」「 Gerhardt」 「 Gerhart」 がありました。

エドと同じくdで終わるのもいいかなーと思ったのですが、あえてtを選びました。
ゲールハルトの名前の略し方も、実際は「ハルト」ではなくて、ゲールとかゲーリーとかだと思います。
その辺りは、多めに見てもらえると幸いです。

今回、シナリオ内では読みやすさを考慮して、食べ物の名前とかをドイツ語読み(食べ物の名前とか)と英語読みを使用してます。
ここだけは、ドイツ語で!!っていう部分のみドイツ語です。

シナリオ担当 真冬でした

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